会長挨拶

 

会長挨拶

工学同窓会 会長 橋本 浩行

HIROYUKI HASHIMOTO

 100年前、千葉大学工学部の前身である東京高等工藝学校が現在の東京都港区芝浦に設立されました。「工藝」は図案(産業デザイン)の意味合いが強く工業学校と美術学校の境界領域を扱うところに特色があり、設立当初は工芸図案や印刷工芸などの6つの部・科から構成されていました。そして本年12月に千葉大学工学部は開校100周年の節目を迎えます。この記念すべき年に工学同窓会会長に就任したことは誠に光栄であり身が引き締まる思いです。微力ではありますが、母校および工学同窓会発展のために努力いたしますのでどうぞよろしくお願い申し上げます。
 私は1986年に修士課程を修了後、民間企業2社で仕事をしてきました。2005年に学位を論文博士で取得し、その後2016年4月から本年3月まで大学院工学研究科の客員教授を兼務しました。民間からの客員教授の採用が化学系では初めてということもあり、最初は試行錯誤の連続でしたが無事に務めを果たすことができたのではないかと思っています。この教員経験も会長業務に生かすつもりです。
 さて世の中は新型コロナウイルスの出現によりすっかり変わってしまいました。同窓会員の皆様の中にもお仕事などで苦労をなさっている方が多いのではないかと拝察いたします。学生については経済的な理由で休学者や中退者が出ることを危惧しています。千葉大学として既に学生支援策が講じられていますが工学同窓会としてもこれを側面からフォローしたいと思います。対面授業や課外活動での交流制限による学生の精神的ダメージも心配しているところです。大学における教育はオンライン授業だけでは不十分であり、また課外活動なども含めたくさんの人に出会うことが豊かな人間性を涵養する上で必要だからです。新型コロナウイルスによる感染が一日も早く収束し社会がパンデミック以前の姿に戻ることを祈っています。
 生体分子情報学特論という講義を担当したこともあり、新型コロナウイルスについてもう少しお話ししますと、このウイルスはインフルエンザウイルスなどと同様にエンベロープという脂質膜を持っており、石鹸で洗ったりアルコールで消毒したりすれば確実に死滅します。感染リスクを低減するために手洗いの徹底など継続することが重要です。一方でこのウイルスはRNAウイルスとしては最大の約30,000塩基ものゲノムRNAを持っており、ヒトの自然免疫を回避しながら細胞に侵入、増殖し、複製時に校正機能を担うエキソヌクレアーゼという酵素まで作ります。潜伏期間が長く発症前にも感染力があることは上記と関係していると思われ、とても厄介なウイルスであると言えます。本稿を執筆している8月中旬時点で抗体カクテル治療などが始まりましたが当面はワクチン接種率の向上を目指すことになるでしょう。なお日本で使われているワクチンはデルタ株に対しても感染予防、発症予防、入院予防の効果があることがわかっています。
 日本の産業界に目を移すといわゆるバブル崩壊後に景気は長期にわたり低迷しました。不良債権処理に手間取っただけでなく、少子高齢化、長期ビジョンやリーダーシップの欠如、社会システムの硬直化とダイバーシティへの取り組みの遅れ、情報産業の遅れなど様々な原因が挙げられます。これらの中で人工知能を含む情報分野について私見を述べたいと思います。この分野で日本は周回遅れの状況ですが現在のコロナ禍による社会の変化はチャンスでもあります。社会システムや産業のデジタル化を一気に進めプラットフォームができ上がれば日本の優秀なインプットデバイスや質の高い教師データの特長が生きるようになると思われるからです。そのためには日本人全般に欠けている統計学的思考を強化する必要があり、大学にはその教育を期待したいと思います。人工知能は今後も進化し、2045年に人類の知能を超える転換点‘Singularity’ を迎えると言われています。今後は人工知能と人間の共存共栄も大きなテーマになると考えられます。千葉大学工学部には工藝、意匠という伝統があり、人間社会を豊かにする人工知能のグランドデザインを考える下地があるのではないかと勝手に想像しています。
 最近の千葉大生について感じたことについても触れておきます。5年間の講義で約240名の大学院生と接しましたが全体的には昔と変わらずのんびりしている学生が多いと感じました。広いキャンパスで多くの緑に囲まれて生活しているからでしょうか。一方で真面目な学生が増えたとも思いました。毎年極めて優秀なレポートを提出する学生もいて一緒に仕事がしたいと思うほどでした。余談ですが毎年数名の学生を自宅に招きバーベキューをしたことがよい思い出となっています。
千葉大学には環境ISO学生委員会などの誇るべき活動があり工学部にはリニューアルした松韻会館などもあります。機会があればぜひ母校を訪問していただきたいと思います。最後に皆様方の工学同窓会活動への一層のご支援とご協力をお願いして私の挨拶といたします。

■経歴
1984年3月 千葉大学工学部工業化学科 卒業
1986年3月 千葉大学大学院工学研究科修士課程 修了
1986年4月 三井石油化学工業㈱ 入社
1986年10月 通商産業省軽質留分新用途開発プロジェクト研究員(兼) ※1991年6月まで
1992年5月 キヤノン㈱ 入社
2012年7月 キヤノン㈱ 技術フロンティア研究センター 部長
2016年4月 千葉大学大学院博士後期課程客員 教授(兼) ※2021年3月まで
2021年1月 キヤノン㈱ イメージソリューション商品企画センター 主席